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イギリスで家を持つこと アパートに住みたいと思う理由

Writer's picture: haruukjpharuukjp


人はなぜ庭付きの家に憧れるのだろう。朝、カーテンを開けると、柔らかい陽射しが差し込み、庭の芝生が静かに揺れている。休日には家族でバーベキューをし、焼けた肉の匂いが風にのってどこかへ消えていく。そんな光景を思い描いたことのある人は、きっと少なくないはずだ。

けれど、庭付きの一戸建てを持つというのは、ただの夢ではない。それは終わりのない営みであり、一つの哲学でさえある。

芝生は刈らなければならないし、フェンスのペンキは塗り直す必要がある。屋根は雨風にさらされ、いつかは修理が必要になる。キッチンの配管は気まぐれに詰まり、浴室のタイルには静かにカビが広がる。カーテンは日に焼け、ソファはいつの間にかくたびれてくる。オーブン、洗濯機、セントラルヒーティング──すべてが、いつか音を立てて止まる日が来る。

そうした細かな仕事を、一つずつこなしていかなければならない。まるで終わりのない長編小説を書き続けるように。

幸い、我が家には司令官がいる。私はただ、その指示に従い、与えられた作業を黙々とこなしていくだけだ。築100年の家は、それでもなんとか持ちこたえている。

アパートに住み、管理費を払って、余計な手間から解放されるのも一つの選択肢だろう。けれど、庭というのは思った以上に人の心を穏やかにするものだ。子どもたちは裸足で駆け回り、洗濯物は気ままに風になびく。夏の夕暮れには、庭のテーブルにワインを置き、静かにグラスを傾ける。

この小さな幸福のために、人は庭付きの家を手にする。

しかし、家を持つというのは、一つの宿命のようなものでもある。手をかけ続けなければ、たちまち家は朽ちてしまう。私は本当はアパートの方が向いているのかもしれないと思うこともある。けれど、子どもたちが笑いながら庭を駆け回る姿を見ていると、そんな迷いもどこかへ消えていく。

庭の芝生は、またすぐに伸びるだろう。それでも私は芝刈り機を手に取る。そういうものなのだ。






文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から816日目を迎えた。(リンク⇨815日目の記事)』


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