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私の知人であるX氏は、長崎からやってきた。イギリスへは3泊5日の旅程だという。彼は介護業界に身を置きながら、年に何度かインドへ足を運ぶ。その目的は人材探しだ。
「インドには人が余っているんですよ」と、X氏は言った。「余計な仕事が多すぎる。パスポートコントロール一つとってもそうだ。空港に着いた瞬間から、建物の入口、荷物のチェック、搭乗ゲート、ありとあらゆる場所で身分証を提示しなければならない。それくらい、人が多すぎるんです」
インドの人口は今や14億人を超え、世界一の規模になった。ロンドンの不動産市場を見ても、所有者はすでにイギリス人よりもインド人のほうが多いと言われている。まるで新しい秩序のように、インドの経済力が世界をのみ込んでいるのだ。
X氏の仕事は、その膨大な人材を必要としている場所へと送り出すことだった。たとえば日本の介護業界。慢性的な人手不足に陥っているこの業界に、インドの労働力を導入することで、少しでも状況を改善しようとしている。
「年に2回はインドに行きますが、よくお腹を壊しますね」と、X氏は苦笑する。どれだけ気をつけても、どこかで生水を口にしてしまうのだという。たとえ水道の水を避けても、レストランの氷ひとつでダメになることがある。「暑いんです。40度とか50度とかになりますからね。冷たい飲み物が欲しくなる。でも、それが命取りなんです」
X氏がたどり着いた結論はひとつ。徹底的にペットボトルの水を飲むこと。それか、アルコールを摂取すること。ビールなら、まあ大丈夫なのだという。
「3回行ったら2回はやられます。だけどね、インドで生き延びたら、他の国の水なんてもう怖くありませんよ」
私たちは静かに紅茶をすすった。イギリスの水道水はそのまま飲める。そんな当たり前のことが、ふと幸福な事実に思えた。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から805日目を迎えた。(リンク⇨804日目の記事)』
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