友人の家にはウクライナからの避難民である母子家庭が住んでいる。彼らがイギリスにやって来たのは、2022年2月に始まったウクライナ対ロシア戦争の直後だった。
家族といっても、そこに父親の姿はない。ウクライナでは男性が戦争中に国外に出ることを制限されており、母親と二人の子供だけがイギリスへ避難してきた。
それから3年近くの時間が過ぎようとしている。子供たちはイギリスの小学校にすっかり馴染み、英語も上達し、毎日を楽しく過ごしている。小さな笑顔が見られるのは、せめてもの救いだと言えるだろう。
しかし、母親の顔には深い疲れの色が残っている。故郷の行く末が見えない不安が長期間続き、彼女の心を蝕んでいる。うつ病を繰り返し、安定した日常を取り戻すには程遠い状況だ。
子供たちもまた、父親のいない生活が続いている影響でメンタル的な負担を抱えている。彼らにとって、平和なイギリスという環境すら十分な癒しにはなっていないようだ。
父親の帰還、それが意味するもの
そんな中、ひとつの「朗報」が彼らに届いた。父親がイギリスに来る許可を得たという知らせだった。しかし、それは実際には朗報とは言い難いものだった。
父親がイギリス行きを許可された理由は、彼が重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っているからだった。医者の診断により、国外での治療と静養が必要だと判断されたのだ。
そして彼は実際にイギリスへとやって来た。しかし、その姿を家族が見ることはなかった。彼のPTSDはあまりにも深刻で、妻や子供たちと直接会うことができるような状態ではなかったのだ。
現在、彼は自分の妻や子供たちから遠く離れた場所で、自分の両親と暮らしている。彼自身、「あまりにも静かすぎるイギリスにいると、逆に不安になる」と言っている。ウクライナでは、毎日が爆音に包まれていた。爆撃音やサイレンの鳴り響く中で生きてきた彼にとって、音のしない世界は異常に感じられるのだ。
戦争の見えない傷
結局、夫婦は別々に暮らし、子供たちは父親に会うことなく日々を過ごしている。戦争がもたらす被害は、目に見える死や外傷だけではない。それ以上に、目には見えない形で心に深い傷を残す。
そのような戦争経験者は、ウクライナだけでなく、世界中に存在するだろう。彼らが抱える見えない傷を癒すには、時間だけでは不十分だ。
私たちは、こうした経験を持つ人々が少しでも早く癒される日を願うばかりだ。そして、それ以上に、戦争そのものが少しでも早く終わり、こうした傷を負う人が減ることを望まずにはいられない。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から762日目を迎えた。(リンク⇨761日目の記事)』
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