静岡を出発して18時間後、Xさんはロンドンに到着した。朝の6時、街がようやく目を覚まし始める頃。眠気を感じる間もなく、彼女はそのままプライベートツアーに出発した。目的地はイギリス南東部。秋の深まる景色の中、いくつかの名所を巡る旅だ。
最初の目的地は「イギリスで最も可愛らしいお城」と称されるリーズ城だ。敷地内の木々は紅葉が進み、そろそろ落葉が地面を覆い始める頃。時折差し込む太陽の光が葉を鮮やかに照らし、黄金色に輝かせる。イギリスの秋がこんなにも美しいものだとは知らなかった。リーズ城の中を見学し、敷地内をゆっくり散策した後、次の目的地へと向かう。
次に訪れたのはライという小さな街だ。そこには石畳の通りが残り、中世のイギリスへタイムスリップしたかのような気分にさせられる。幽霊が出ると言われる古いホテルの中も覗いてみた。その不気味さが妙に心地よいのは、秋の静けさが街全体を包んでいるせいかもしれない。街の可愛らしい雑貨屋に立ち寄り、いくつかお土産を買い込んだ。
ツアーの最後を飾るのは、白亜の絶壁セブンシスターズだ。ここへ来る途中の空はほとんど曇りだったが、私たちが到着すると、雲間から太陽が光の梯子を伸ばしているように見えた。その光景はまるで神のお告げのようで、私たちの旅を祝福しているかのようだった。
バーリングギャップのビジターセンターに立ち寄り、セブンシスターズを描いたマグカップを土産に選ぶ。そしていよいよ、絶景を堪能するために車でさらに移動した。SNSなどでは「靴が汚れるから長靴が必須」と言われ、Xさんは日本から長靴を持参してきたが、私が案内したルートは靴が汚れる心配もなく、長靴なしで絶景まで最短で辿り着けるポイントだった。そのおかげで、Xさんはカメラに集中してセブンシスターズの壮大な景色を収めることができた。
静岡を出てから28時間後、ツアーは終了した。この10時間の旅は長かったが、その価値は十分すぎるほどあった。セブンシスターズはイギリス人でもなかなか訪れることがない場所だという。まして、ライの住民に「どの辺りだっけ?」と聞かれるほどだ。それを日本から来たXさんがこの目で見られたのだから、感慨もひとしおだろう。
Xさんは「本当に素晴らしい1日だった」と喜び、ロンドン市内の無人チェックインのホテルへと消えていった。静かな夜がロンドンの街を包む頃、私はこの旅の一日を反芻しながら、またいつかここへ戻る日を夢見ていた。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から725 日目を迎えた。(リンク⇨724日目の記事)』
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