最近、私は犬の散歩を始めた。とは言っても、自分で犬を飼い始めたわけではない。近所に住む女性が、「うちの犬を散歩に連れて行ってくれないか」と声をかけてくれたのだ。彼女が飼っている犬は活発で、人懐っこくて、そして散歩が大好きだ。
ワッツアップで約束を取り付ける。「明日の午後2時に迎えに行きますね」と伝えると、彼女はその時間に合わせてきちんと準備をして待っていてくれる。ドアを開けると、犬が勢いよく飛びかかってくる。小さな体を精一杯伸ばして喜びを表現するその様子に、こちらまで気持ちが明るくなる。
飼い主の彼女は、「ありがとう」と微笑みながらリードを渡してくれる。そして私は1時間ほど犬を散歩に連れて行く。近くの公園や小道を歩き、冬の冷たい風を感じながら、犬と一緒にゆっくりとした時間を過ごす。
96歳の女性と犬
散歩から戻ると、彼女はいつもタオルを手に待っている。犬の足をきれいに拭くためだ。しかし、興奮が冷めない犬は彼女にも飛びかかり、タオル仕事をなかなかさせてくれない。それでも彼女は笑顔を絶やさない。「この歳じゃ、凍った道で滑って転ぶのは怖いから、本当に助かるのよ」と彼女は言う。
「来週で96歳になるの」と明るく話すその声に、私は驚きを隠せなかった。彼女が90代だとは知っていたが、まさか90代後半だとは思わなかった。
髪の毛はきれいに整えられ、明るい色の清潔な服を身にまとっている。その佇まいは年齢を感じさせない。スマートフォンも自在に使いこなし、数年前に購入したという新しい車も所有している。
歴史を生きてきた人
96歳といえば、1929年生まれ。第二次世界大戦が始まる10年前にこの世に生を受けた計算になる。彼女は子供時代に戦争を経験し、その後の目まぐるしい世界の変化をくぐり抜けてきた。そんな彼女が、今ここで犬と一緒に私を待っている。その事実に、なんとも言えない感慨を覚える。
この犬を通じて、私は彼女の人生の一端に触れているのだと思うと、散歩がただの散歩ではないように感じられる。
小さな喜びの連鎖
彼女は、犬が散歩を終えて戻るたびに「ありがとう」と感謝の言葉をくれる。そして私は、人助けをしている喜びと、ついでに自分の運動不足を解消していることに満足感を覚える。
「この関係がずっと続けばいいのに」と私は思う。散歩の途中で犬が道端の匂いを嗅ぎ、しばらく動かなくなったとき、その願いがふっと心の中に広がった。このささやかな日常が、静かで穏やかな喜びを私たちに与えていることを改めて感じたのだ。
犬の散歩という小さな行為が、ここでは人と人とを繋ぐ大切な糸になっている。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から780日目を迎えた。(リンク⇨779日目の記事)』
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